やってもやっても伸びないのはなぜ?

Mr.Mの主義・主張

「勉強をやってもやっても伸びないんです…」

保護者の方から言われますよね?

ついさっき生徒がテストの成績表見せてくれたんです。

入塾前のテスト結果の横の保護者記入欄。

まさにその言葉が書いてあったんですね。

「やってもやっても伸びない」

そんなこと本当にあるんだろうか?

いや、普通にありますよね?

メチャクチャ真面目に座ってますよ。

メチャクチャ、ペンを走らせていますよ。

親がワークのコピーをしたものを一心不乱に何度も解いてますよ。

(解いてるというか、書いてるというか、とりあえずペンは動いているというか)

なのに、成績は一向に伸びない。

私は思うんですよ。

コレってマラソンと一緒だなって。

1キロ7分くらいのジョギングを毎日やれば、全く走ってない状態と比べれば走れるようにはなるんですね。

たとえばハーフマラソンを制限時間内に完走とか。

ハーフマラソン2時間10分とかはできるようになると。

で、次は2時間切りだ!って息巻いて、1キロ7分のジョギングを相も変わらず続ける。

切れないわけですよ、当たり前のごとく。

じゃ、この人、なーんで2時間切れないかっていうと、2時間を切れる練習をしてないからなんですよ。

ずーっと2時間10分の練習を続けてるだけ。

当たり前の結果なんです。

当たり前の結果なのに、「どんだけ走ってもタイムが縮まらない…」って。

じゃ、走らなくても同じなのかって言うと、走らなくなったら今度は完走すらできないわけで。

勉強も同じなんだと。

「やってもやっても伸びない」

当たり前なんです。

現状維持の強度でしか勉強してないわけですから。

例えばこういう生徒に限って、単語練習を永遠やり続けたり、やけにキレイにノート作りに勤しんだり。

それが楽なんですよ。

楽な勉強をずーっとやり続けているだけ。

キロ7分のジョギングを毎日真面目にやってる人と一緒。

要はね、追い込んでないんです。

キロ7分から、キロ6分のスピードつけるには、やっぱり追い込まないといけないんです。

心地いいペースで走ってたって、今いるレベルから上には行けないわけですよ。

上に行きたいなら、苦しい体験をしなくちゃいけない。

単語練習を永遠やるのは、頭を使わなくていいし、一見勉強してるつもりになるからストレスがたまらない。

頭が痛くならない。

ノート作りも同じ。

短時間で暗記をして、それをすぐテストして、間違っているところを把握して、それをまた覚えて、すぐテストして…そういうハードワークをしなければ、上には行けない。

文章をじっくり読んで、問題文が何を意味しているのか、何を求めているのか、考えて考えて…頭のエネルギーが枯渇するような勉強をしなければ、上には行けない。

現状維持の心地いい勉強に終始するから、やってもやっても伸びない。

それはもう、何時間、何日間続けようと同じ。

苦しまないと。ストレスがたまるくらいに追い込まないと。

ふと自分の塾経営とか、生活についても考えるんですね。

自分が傷つかないような安全地帯で、枠の中でずーっと同じような努力を続けていたらダメなんじゃないかって。

いや、そんな傷つかないような、ストレスのたまらないような取り組みを努力というのかは微妙ですけど。

自分にも多々あるな~と。

安全領域で過ごしている部分。

やっぱりまだまだ自分が勝手知ったる世界だけで努力しているつもりの部分。

だから何というか、忙しく過ごしているつもりでも、あんまり景色が変わらないんでしょうけど。

ということで、先日、市から届いた市民からの意見を聞く会みたいなのに参加してみようかな~と。

本当は面倒くさいというか、知らない人たちの中でムチャクチャな意見とか言うの怖いですけど。

それに行政のことなんか全く分からないし。

でも今までの自分ならこういうのは、絶対に行かなかったはずなんで。

自分の起爆剤にもなるかもしれないし、少なくともブログのネタにはなるし。

申し込みの期限が間に合うかどうかだけが問題ですけど。

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